タロットの歴史:カードゲームから占いへ
タロットは、最初から占いの道具だったわけではありません。15世紀のイタリアで生まれたカードゲームが、約600年のあいだに意味を変えながら、今の形になりました。その流れを知っておくと、カードの絵柄や番号の理由が見えてきます。
はじまりは、占いではなくカードゲーム
タロットの起源は、15世紀前半の北イタリアです。ミラノやフェラーラなどの宮廷で、トランプのような数札と人物札に、「切り札」となる絵札を加えたゲームとして遊ばれていました。この切り札が、のちの大アルカナにあたります。
ミラノを治めたヴィスコンティ家やスフォルツァ家のために描かれた手描きのカードは、今も美術館などに残っています。当時のカードに占いに使ったという記録は見つかっておらず、あくまで貴族の遊び道具でした。
印刷されて、ヨーロッパに広がる
やがて木版印刷でつくられるようになり、タロットは庶民にも広がりました。17〜18世紀のフランスでは、のちに「マルセイユ版」と呼ばれる図柄が定番になります。ゲームとしてのタロットは、今もフランスなどで遊ばれています。
18世紀末のフランスで、占いと結びつく
転機は1781年です。フランスの学者クール・ド・ジェブランが、著書の中で「タロットには古代エジプトの叡智が隠されている」と主張しました。これには根拠がなく、現在の研究では否定されています。それでも、この説がタロットに神秘的なイメージを与えました。
その後、エテイヤという人物が占い専用のタロットと解説書を出し、職業として占いを広めました。カードに「意味」を割り当てて読むという、今につながる占い方がここで形になります。
19世紀、象徴の体系へ
19世紀には、フランスのエリファス・レヴィが、大アルカナ22枚とヘブライ文字22字を結びつけました。1888年にロンドンで結成された「黄金の夜明け団」は、タロットを占星術や四元素と対応させる体系にまとめます。ワンドを火、カップを水として読む考え方は、この流れの中で整えられたものです。
1909年、ライダー・ウェイト・スミス版
現在もっとも広く使われている基準は、1909年にロンドンのライダー社から出たタロットです。黄金の夜明け団にいたA・E・ウェイトが監修し、画家のパメラ・コールマン・スミスが絵を描きました。
このデッキの大きな特徴は、それまで杯や剣の数を並べただけだった数札に、人物のいる場面を描いたことです。カップの7の雲に浮かぶ杯や、ワンドの8の空を飛ぶ杖のように、絵を見ればカードの状況が想像できます。初心者でも読みやすくなったことが、世界中に広まった理由の一つです。
また、ウェイトは8番と11番を入れ替え、力を8番、正義を11番にしました。マルセイユ版では逆なので、デッキによって番号が違うのはこのためです。
夜のタロットとの関係
夜のタロットは、ライダー・ウェイト・スミス版の構成を土台にしています。カードの番号、4つのスート、正位置の意味の伝統はそれに沿ったうえで、78枚すべてをオリジナルのイラストで描き直しました。
タロットは、ゲームから神秘の道具へ、そして象徴を通して自分を見つめる道具へと、使われ方を変えてきました。このサイトでは、未来を当てるためではなく、今の気持ちを整理するきっかけとしてカードを読んでいます。